昼下がりに唐突なるメールが入る。
「おぼえてる?」
うん、おぼえてる。一乗寺のパン屋さんだ。
その日はすごく天気が良くって、せまっくるしい教室で授業を受けてる場合じゃなかったんだったっけ。そう、平成21年5月14日。
あの日がよみがえる。隣りでやさぐれてた女の子たちも、裸で日光浴してた男の子たちも。
くるみパンの香ばしいにおいがしたら、鴨川を思い出そう。
案山子
There's lots and lots for us to see,there's lots and lots for us to do,
「うれしげ」を地で行くにんげんが、世の中と自分との距離をはかるために、なにかしら書いていくブログです。
昼下がりに唐突なるメールが入る。
「おぼえてる?」
うん、おぼえてる。一乗寺のパン屋さんだ。
その日はすごく天気が良くって、せまっくるしい教室で授業を受けてる場合じゃなかったんだったっけ。そう、平成21年5月14日。
あの日がよみがえる。隣りでやさぐれてた女の子たちも、裸で日光浴してた男の子たちも。
くるみパンの香ばしいにおいがしたら、鴨川を思い出そう。
案山子
1928、Ernest Hemingway著、高見浩訳。
こないだ戦争の話題になったとき、知人で、90を越えるおばあちゃんが
「えらそげにやかましい言うて、負けてきやがって
」
と評して、その場の皆を破顔一笑させたことはほんとに痛快な思いで。
案山子
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「もうみんな瓦解しているのさ。勝者はドイツ軍だな。なんてったって、連中は筋金入りの兵士だから。そう、ドイツ野郎どもは生粋の兵士だよ。でもな、やつらにしたって瓦解しているんだ。・・・『さようなら』と彼は言った。それから、もっと快活な口調で、『幸運を祈ってるぜ!』彼の悲観的な世界観と個人的な快活さは、えらく対照的だった。(第21章)」
「わたしたちって、一心同体なんですもの。わざと誤解したりしちゃだめなのよ・・・でも、世間の人たちはしてるわね。愛し合っていながら、わざと誤解して、喧嘩をして、気がついたらもう一心同体じゃなくなってるの・・・だって、わたしたちは二人きりなんですもの。世の中はみんな他人ばかり。もしわたしたちのあいだに隙間が生じたら、もうおしまい。わたしたち、世間というものの餌食にされてしまうの(第21章)」
「おれたちはな、生まれたときにもう、いま持っているすべてが備わっているんだ。あとから学んで身につけることなどないのさ。何か新しいものを獲得することなんてないんだ。最初から、完全な存在としてスタートするんだから。おまえさんなんざ、ラテン人じゃないことを感謝すべきなんだって(第25章)」
「『頭を働かせるってのは、こういうことさ。おまえさんの頭はどうして錆びついてるんだろうな、アナーキスト?』『おれの頭が錆びついてなかったら、いま頃こんなところにいないさ』(第30章)」
「ぼくは知っている、夜と昼が決して同じではないことを。夜と昼とではすべてがちがっていて、夜中に起きることは昼間には起きないので、昼間には説明しがたいものなのだ。そう、孤独な人々にとって、ひとたび孤独に包まれると、夜は恐ろしい時間に成り得るのである。ところが、キャサリンと一緒にいると、夜になっても昼とは何の変わりもなく、かえって昼よりも素晴らしくさえあった。もし並外れた勇気を持ってこの世に現れる人間がいると、この世は彼らを殺してでも撲滅しようとする。そして当然のことに彼らを殺してしまう。この世は彼らを一人残らず撲滅する。その惨劇の後で、強者となって生き残る者もすくなくはない。だが、撲滅できない者がいれば、この世は彼らを殺してしまう。善良なる者、温厚なる者、勇敢なる者を、この世は等し並みに殺してしまう。それ以外の人間にしてもいずれ確実に殺されるのだが、そう急いで処理されないだけの話なのだ。(第34章)」
おおはらのじんじゃ【名詞】二十二社の一。
高校からの先輩で、神社めぐりを趣味にされてる方がいる。氏の言葉を借りながら・・・
「神社っていうのはろうそくのリレーみたいなところがあって、それはすなわち、奉られている神さまを他のところにそっくりそのまんま移せる、っていうところ。その意味では神社の序列なんて関係ない。京都でいうと大原野神社は奈良の春日大社から火をリレーしてる」
実際に先輩が訪れた神社を、自転車でめぐってみた。
春の景色に出会いながら、道中5人くらいに道をきいて、たどりついた神社。
狛犬がイヌじゃない!奈良っぽい。笑
通りがかった小学校は今日が卒業式。
右京区大原野、小川のせせらぎが気持ちいいところだった。
案山子
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