-topocrat-


There's lots and lots for us to see,there's lots and lots for us to do,

「うれしげ」を地で行くにんげんが、世の中と自分との距離をはかるために、なにかしら書いていくブログです。

2010年04月

「ラスト・タイクーン」

1940、フィッツジェラルド著、大貫三郎訳。

Francis Scott Fitzgerald (1896 - 1940)

ぼくに心地よい悪癖をうえつけてくれたにくい作家の、未完の大作。ぼくはいつでも、なりきりのうえの恋をする。

いくらでもあるだろう─それぞれに人生がある。だが、いまキスをしただけの束の間に、彼には充分わかっていた。未来永劫さがし求めたとしても、消え失せた四月の時間は取り返しがつかない。このまま胸の筋肉が張りつめるほど、抱きしめていることもできるだろう。欲しくてたまらなかった大事な人で、わがものとするために頑張った。だが、あの夕闇に、夜の風に、かすかに聞こえたささやきは、もう二度と帰らない……。
もうよかろう、と彼は思った。四月は終わった。もう終わった。この世にさまざまな愛があるとしても、同じ愛が二度あることはない。

『常識』

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私は作家が好きだけれど―質問をすれば、どんなことにも答えてくれるから―私の目にうつる彼は小さくなった。作家はずばり大衆ではない。別の言葉で言えば、作家に取り得があるとすれば、全員ひと束になって、一人の人物になろうと懸命に努力するからだ。その点、役者に似ている。役者は涙ぐましいばかりに鏡を覗くまいとする。そう努めながらうしろへ寄りかかる―シャンデリアに照らされた自分の顔を見るのが関の山だけれど。

彼はわたしの写真だった。学校の古いロッカーの内側に貼り付けてあるみたいに。

つねに物事の外側にとどまっていること―それはそれで悲劇なのである。

サライア・テーラーは二十六歳の未亡人、現在のところ私の考えでは、私の描いたヒロインのなかでは、一番魅惑的で思いやりのある人物にしたい。新しいかたちの魅惑さです。というのも、私は、何らかの名声に押し上げられた女性的な傲慢さを身につけているタイプを、大衆がきらっていることに、私は秘かに同意しているからです。何もかも幸運だらけの者になど、人々はただただ深い同情などは寄せない。だからサッカレーの『バラと指輪』のロザルバのように、「ちょっとばかりの不幸」をこの女に授けるつもりです。

われわれはたいてい、生まれた日から死ぬ日まで写真に撮られる。フィルムが映されると、退屈と嫌悪以外は、何の情緒も生み出しはしない。どれもこれも皆、猿がひっ掻いている姿にそっくりだ。友人が赤ん坊を撮ったり、家族旅行を撮った家族映画を、どう感じる?おそろしく退屈じゃないか?

案山子

毎日何点ぐらいの生活?

大事な友だちのメールで、今も返信できないでいるメールがある。

「研修長いね!楽しい?つらい?毎日何点ぐらいの生活?」

単に点数がつけられなかったからその日は返事できなかったけど、自分の生活の点数を考えてるうちに今日の日になった。ごめんねなる。

点数はつけられないけど、いまの生活や生き方は「ちょうどええ」くらい。

理由は今週からやってきたこいつ。

無機質な寮の部屋に緑の風を運んでくれる。

すくすくと育つことばの要らない友だちができました。

こいつの生長に負けないように、ちょうどええ感じにがんばるよ。

なる、お互い元気でやろうね

案山子

「虞美人草」

1910、夏目漱石著。

いまは、旺盛な吸収力をもつ若者たちが、とざされた言語生活のなかで、知ることを拒否されている。かれらは多くの語彙、ゆたかな表現のなかに、情感の高められる緊張の快さを知らない。もしいまの少年たちに書物ばなれの傾向があるとすれば、その一端は、この抑圧された文字環境にあるのではないかをおそれる。明治・大正期の詩人たちは、ことばの意味や音感はもとより、その用字の視覚的な印象、活字の大きさ、紙面での字の排列にまで心を配ったものである。

白川静「漢字百話」

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二十世紀の会話は巧妙なる一種の芸術である。出ねば要領を得ぬ。出過ぎるとはたかれる。

実世界に住むとは、名ばかりの衣と食と住とを貪るだけで、頭は外の国に、母も妹も忘れればこそ、こう生きてもいる。実世界の地面から、踵を上げる事を解し得ぬ利害の人の眼に見たら、定めし馬鹿の骨頂だろう。

「こういう危うい時に、生れ付きを敲き直して置かないと、生涯不安でしまうよ。いくら勉強しても、いくら学者になっても取り返しは付かない。此処だよ、小野さん、真面目になるのは。世の中に真面目は、どんなものか一生知らずに済んでしまう人間がいくらもある。皮だけで生きている人間は、土だけで生きている人形とそう違わない。真面目がなければだが、あるのに人形になるのは勿体ない。……人間は真面目になる機会が重なれば重なるほど出来上ってくる。人間らしい気持がしてくる。―法螺じゃない。……真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。……人間全体が活動する意味だよ。口が巧者に働いたり、手が小器用に働いたりするのは、いくら働いたって真面目じゃない。頭の中を遺憾なく世の中に敲きつけて始めて真面目になった気持ちになる。安心する。……僕は昨日も、今日も真面目だ。君もこの際一度真面目になれ。」

「此所では喜劇ばかり流行る」

「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」

1965、カート・ヴォネガット・ジュニア著、浅倉久志訳。

ボン・ヴォワイヤージュ、親愛なるいとこよ、それともだれであろうと、この手紙をうけとるきみよ。けちけちするな。親切であれ。芸術と科学は無視してもいい。どちらもだれのためにもならないからだ。

アメリカがひっくりかえるほど金持ちのローズウォーターさん。彼と「魔法の一瞬」を食い物にする機敏な弁護士連中とのあいだで交わされる、愛あふれる戦いの記録。

案山子

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「ぼくはくそったれな諸君が大好きだ。最近は、きみらの書くものしか読まない。きみらだけだよ、いま現実にどんなものすごい変化が起こっているかを語ってくれるのは。きみらのようなキじるしでなくては、人生は宇宙の旅、それも短い旅じゃなく何十億年もつづく旅だ、なんてことはわからない。きみらのように度胸のいい連中でなければ、未来を本当に気にかけたり、機械が人間をどう変えるか、戦争が人間をどう変えるか、大都市が人間をどう変えるか、でっかく単純な思想が人間をどう変えるか、とてつもない誤解や失敗や事故や災害が人間をどう変えるか、なんてことに注目したりはしない。きみらのようにおっちょこちょいな連中でなければ、無限の時間と距離、決して死に絶えることのない神秘、いまわれわれはこのさき何十億年かの旅が天国行きになるか地獄行きになるかの分かれ道にいるという事実―こういうことに心をすりへらしたりはしない」

「才能に恵まれたスズメの屁どもなんて、くそくらえだ。現在の大問題が、宇宙であり、永劫の時間であり、これから生まれてくる何億兆もの人間であるというのに、たった一人の人生のちっぽけな切れっぱしをきめ細やかに描いて、ことたれりとしてるんだからね」

きみたちの書く退屈なたわごとのすべてを読み、きみたちのしゃべる退屈なたわごとのすべてに耳をかす閑人が、どこにいると思う?

ハムレットとぼくのあいだには共通点があるように思えるといったら、うぬぼれだろうか。ぼくにも重要な使命があって、それをどうやってなしとげるか、いま一時的に迷っているような気がする。ただ、ハムレットは、ぼくと比べて、一つ大きな強みがあった。ハムレットの場合は、父親の亡霊がどうしろこうしろとはっきり教えてくれたのに、ぼくのほうはまるで五里霧中なんだ。しかし、ぼくがどこへ行くべきか、そこでなにをするべきか、なぜそれをしなくちゃならないか―それを、なにかがどこかからおしえてくれているような気もする。といっても心配ご無用、幻聴なんかじゃない。ただ、あの浅薄で愚劣で見せかけだけのニューヨークの生活から遠く離れたところに、ぼくの運命が待っているように感じられるだけだよ。そこでぼくはさすらう。

 

どこまでもさすらう。

 

「人生はあいつにむかって何度となく、『どうぞ、どうぞ、どうぞ』といった。何百万ドルもの金、何百人ものしっかりした友人、およそ考えられる中のだれよりも美しく、才知に富み、愛情深い妻!最高の教育と、たくましく清潔な肉体に宿る高雅な精神―それなのに、『どうぞ、どうぞ、どうぞ』と言いつづけた人生に、あいつはなんと答えた?」

「あれはほんとにアメリカ的な音だよ、わかるかい?学校が休みで、旗の下ろされたあとのあれ。すごく物悲しいアメリカの音。日が沈んだあとに、あの音を聞くとたまらないだろうな。夕方のそよ風が吹いてきてさ、世界中が晩ごはんの時間なんだ」

「あんたがローズウォーター郡でやったことは、断じて狂気ではない。あれは、おそらく現代の最も重要な社会的実験であったかもしれんのです。なぜかというと、規模は小さいものだけれども、それが扱った問題の不気味な恐怖というものは、いまに機械の進歩によって全世界に広がってゆくだろうからです。その問題とは、つまりこういうことですよ―いかにして役立たずの人間を愛するか?

いずれそのうちに、ほとんどすべての男女が、品物や食糧やサービスやもっと多くの機械の生産者としても、また、経済学や工学や医学の分野の実用的なアイデア源としても、価値を失うときがやってくる。だから―もしわれわれが、人間を人間だから大切にするという理由と方法を見つけられなければ、そこで、これまでにもたびたび提案されてきたように、彼らを抹殺したほうがいい、ということになるんです」

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